[interview] サワディータイランド~赤木攻先生~

タイの国王陛下が書かれた本「トーンデーン」の翻訳者、赤木攻先生にお話しを伺いました。

編集部 今回、国王陛下が書かれたという珍しい本を翻訳されましたが、きっかけはどんなことからですか。
赤木 たまたま、前任の(駐日)大使カシットさんと話しているときに、この本の話が話題となり「日本の人に読んでもらいたい」とおっしゃって。タイの国王への理解も進むし、もうすぐ60周年(*1)やし、私のタイとの関わりから言うと、運命的に私がやらざるをえないなと思いました。あの人は即決だから、すぐに連絡をとってくださった。それで、去年の秋ぐらいかな、正式に手紙が来ました。%E8%B5%A4%E6%9C%A8%E5%85%88%E7%94%9F%EF%BC%AA%EF%BD%90%EF%BD%85%EF%BD%87.jpg


編集部 それではすごく短い時間で翻訳をされたんですね。
赤木 最初の訳そのものは一月もかかっていないんじゃないかな。ただ、その後、何回も日本語を練りました。これがなかなか大変でした。推敲して、他人に読んでもらって。また、子供も読めるようにということで言葉も漢字も平易なものに直して。

編集部 本当によく推敲されていますね。
赤木 そっちの方がしんどかったかもしれない。それに間違いがあってはいけないしね。ここ(本)にも書いたように、3人称で書いてあることで、王語がふんだんに出てくるので日本語にはならないし、特に子供さんにはわからない。“私”にしないと訴えるところが少ないと思ったので、1人称に変えて訳しました。それと内容がストーリーのあるものじゃないので考えましたね。結局は、発想をかえたから、うまくいったんじゃないですかね。読み込むと、国王はよく勉強されていらっしゃって、(犬の)先祖までさかのぼって研究されているのがよくわかり、びっくりしました。

編集部 できあがってみていかがですか?
赤木 たまたまいい出版社にぶつかって、いい絵を描いていただいて、ありがたいと思っています。この間、電話で王室の秘書官局の方とお話したら陛下も喜んでいらっしゃる様子で。まあ、よかったと思ってます。

編集部 先生がタイと関わりをもたれたのは。
赤木 大阪外国語大でタイ語を勉強してからです。僕は岡山の田舎生まれで、たまたま、少し英語と国語が好きで、大阪外国語大を受けたんだけれど、ヨーロッパ言語はやろうと思わなかったので、自分でアジア言語を並べてくじを引いたらタイ語だった。大学に入って文字を見てびっくり。これはだめやと思ったけど、下宿の近くの下町の工場へ技術研修に来ているタイ人と親しくなってから楽しくなってきて…。卒業して、当時は、外国に行くなんて大変なことだったけど、(タイに)行ってみたいと思って、チュラーロンコン大学の文学部長に自分のタイ語能力を駆使して「そちらに行って勉強したいんですけど、行ってもいいですか」って手紙を書いた。返事は期待してはいなかったけど、「いつでも来てください」と返事が来て。ただ、岡山の田舎みたいなところは周囲が皆タイ行きに反対で、蛇やワニが出るとか悪いことばかり言われて、近所、親戚中皆集まって水杯のお別れの会をやった。もうあの人は帰ってこれないんじゃないかって思ったんちゃうかな。そんで行きました。(その時が)僕にとって一番楽しい時代だったかもしれない。2年間ほど勉強、というより遊んでたんだけど、それが私の原点にあります。一人でブラブラとほとんど全県回りましたね。舗装した道はほとんどなかったので、宿に着くころには全身が赤土でいっぱいでした。

編集部 一番良かったところはどこですか?
赤木 チエンマイもよかったけど、ナコーンサワン(*2)が印象深かったね。木材の集まる所で、たくさんイカダがあってね。それから、ブンボーラペット(*3)という大きい湖もある。そのほかには、当時は町らしい町じゃなかったけど、トラートとかラヨーンとかチャンタブリーの東南部。果物がおいしかったね。

編集部 それから、タイ一筋に。
赤木 また少し元に戻りますが、僕がまだ学生の時に、岡山へ帰る電車の中で、急病人が出たのでしょうか、「お医者さんはいませんか」という車内放送があって、そしてしばらくしたら何人かいたようで「ありがとうございました」というアナウンスがあったんです。その時、これだけ大勢乗っているのに、お医者さんはいたけれど、タイ語ができる人は何人おるのかなってふと考えたのです。さらに、汽車だけじゃなくて、岡山県でも、西日本でもあまりいないかなって。よっしゃこれならがんばれば1番になれると、少しがんばりました。少数の中でなるのは簡単だから、それをやろうと思って。それで、卒業後タイへ行ってみたいなって気がおきてきて留学しました。留学しているうちに大学の方からポストがあいたから教官にどうやと言われて。当時は、こんなアジアと日本の交流が盛んな時代が来るって思っていなかったから、一生机と本とで暗い一生を送ろうかなって思っていたんですけどね。帰ってきたのはちょうど万博の頃だから1970年ころ、それからずっと同じことを、先生として大勢に教えてきた。

編集部 帰国してからは、タイ語を教えられたんですか?
赤木 タイ語も教えるんですけど、タイ学(Thai Study)ですから、いわゆるタイの歴史、僕は特にタイの現代史とか社会とか、タイ語の文献を使って教えるわけですね。楽しくやってきました。そのうち、タイとの交流が盛んになってきてね。僕の資産は留学時代で、その時のタイ人の友達でりっぱな先生になられた方がいっぱいおられますね。今の私にはそういうタイでの留学生活がベースにあると思いますけどね。

編集部 先生のクジが当たったわけですね。
赤木 結局、人生は皆「偶然」でしょ。学生がよく「私は運がない」「他の人は皆よくできる」とか「幸せや」とかよく言うんですけど、僕はそうじゃないって。運や偶然はそこらへんにごろごろしていて、そこから拾い上げたり、掴むところがちょっと難しいんであって、日々努力をしていれば、その運を拾える。そしてその運が運を呼んできて、くっついたら、偶然の運かもしれないけど必然になると、よく学生に言っていたのね。今にしてみたら、おっしゃたように、タイ語を選んだのは良かったかもしれませんね。

編集部 先生は国王陛下にお会いしたことがありますか。
赤木 はい、あります。2003年か4年やな。ホアヒンの離宮で。「赤木です」と自己紹介をしたぐらいです。その時、犬を連れておられたんですよ。「ああ、これがトーンデーンか」と思って、頭をちょこちょこと撫でました。

編集部 国王陛下はどんな印象でしたか?
赤木 もの静かなお方だなというのが印象ですね。

編集部 トーンデーンは?
赤木 これまた、静かでびっくりしましたね。この本に書いてあることが本当だなって、翻訳してみて、そう思いましたね。全く動じないし、鶏が犬を見て鳴くんだけど、トーンデーンは全然吠えない。

編集部 運命的な何かがあるようですね。
赤木 たくさん犬がいるなかで、本当に運命的だと思いますね。(陛下は)今年の12月で80歳ですが、元気でもう少し頑張っていただかねばあかんと思う。タイとほかの周辺の国の違いは、大勢の人が亡くなるようなところまで行かないこと。そういう意味では今の国王がその役目をずーっと果たしてこられた。おそらく国民が国家のためとか、例えば戦争で死んだ数は、タイは一番少ないんじゃないですかね。そういう意味では一番幸せな国だと思いますね。日本だったらこの間の戦争で何百万人の死者ですね。ベトナム戦争の時もタイはほとんど実戦には出てないしね。他の国は大勢の方が、国や社会のため、動乱とかで亡くなっていますけど、その意味ではタイは賢いなって。

編集部 タイのいろんなことに関わってらっしゃいますが、その中で先生が最も興味を持っていらっしゃるのは?
赤木 今でも、タイとは何か、タイ人とは何か、という答えが出ないんですよ。それに、サイアムとタイはどう違うのかとか、その辺に一番関心があって…。年を取りましたから、頭がちゃんと動くあと10年の間にそういうことをまとめにゃあかんかなって思ってます。

編集部 よくタイに行かれているんですか?
赤木 今、研究や会議、調査が多いですね。秋篠宮(殿下)―シリントーン(王女殿下)共同研究プロジェクトがあり、鶏とヒトの関係を研究していますが、僕はそのコーディネーターをしています。その仕事が非常に忙しいんです。タイ側が20人くらい、日本側が20人くらいで一緒に研究をしています。
 家畜の中で最も人間に近いのは鶏で、鶏の祖先であるカイパー(タイ語で“野生の鶏”の意)がタイの北部からミャンマー、雲南にかけて、まだ林の中にいるんですよ。“野鶏”と僕らは呼んでいるんですけど。殿下の関心は、その野鶏がどうして、どのようにして鶏になったか(家畜化)です。しかも、ずっと昔にどうもタイのあのあたりで世界で最初に家畜になったと言われています。それで、あの辺がフィールドになってます。

編集部 今年は日タイ修好120周年の年ですが。
赤木 120周年をお互いの国民が喜んで祝えるのはタイと日本しかないんです。大変なことです。これはいろんな原因があって友好が続いてきたんだと思いますけど、本当に大切にしていかなければいけない2国間関係だと思っています。それは僕らのようにタイと関係のある仕事をしている人が大きな声で言って、大切にしていくことを皆さんに意識してもらうのが大切じゃないかと思っています。友好の長い歴史をより少しでも伸ばして行くように努力していかなくてはいけないと思う。

*1、2006年はタイ国王の御在位60周年 
*2、バンコクの北230キロメートルの所にあり、北部地方への入り口に位置する。ピン川・ワン川・ヨム川・ナーン川の4つの川が合流して、チャオプラヤー川が始まる街で、華人住民が多く、中国の旧正月のお祭りが盛大に行なわれる街として有名。
*3、タイ最大の淡水湖

赤木攻(あかぎ まもる)プロフィール
1944年岡山県生まれ。日本学生支援機構参与(東京国際交流館館長)、大阪外国語大学名誉教授。タイ学術研究の第一人者として、また、日本タイ学会会長、日本タイクラブ代表など、日タイを含めた国際関係、国際理解のために幅広く活動。

『奇跡の名犬物語 世界一賢いロイヤル・ドッグ トーンデーン』(プーミポン・アドゥンヤデート国王陛下著 赤木攻訳 木村修絵 2006年12月世界文化社発行 税込¥1365
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タイのプーミポン・アドゥンヤデート国王自らが書いた話題の本。タイでは異例の65万部を超える大ベストセラーに。国王の指示で収容所送りを免れた野良犬の一匹から産まれた茶色の犬「トーンデーン(タイ語で“銅”という意味)」は、国王に育てられることになり、謙虚で賢い「ふつうの犬ではない、ふつうの犬」に成長。世にも珍しい、まさに奇跡の犬の物語。

2007年04月19日
 

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